「揺れ動いている境界こそが私の中では『その人』なんです」――親密さと謎を併せ持つ.jvknのポップ・ミュージックを紐解く
文・取材=柴那典

とてもユニークな才能の持ち主だ。
立石従寛のソロプロジェクト「.jvkn(ドットジュカン)」。みずみずしいメロディとポリフォニックなハーモニーを活かしたその楽曲には、一聴してポップで聴き心地のいい響きがある。でも、同時に「あれ? これ何のことを言ってる?」みたいな不思議な言語感覚を持つ歌が耳に飛び込んでくる。「集合論」の「凡たれば凡」や、「Riding Unicorn」の「唯只々たらたら揺蕩う歌に」や、「且坐喫茶」(しゃざきっさ)の「老いを追いかけ 老いに追い抜かれ」など、歌詞を文字で読めば、語呂のいい言葉の響きに意味が込められているのに気付く。そして、紐解いて考察していけば、哲学や思想や神話のモチーフが曲に編み込まれていることが伝わる。キャッチーでありつつ、とても深遠な歌もののポップスになっている。
立石従寛はアメリカ・シカゴ生まれの美術家、音楽家。2020年に英国王立芸術学院を修了し、現代アートの分野にてインスタレーションや映像作品を発表してきた。サウンドアートや劇伴などの音楽制作も行ってきたが、2024年に「.jvkn」名義でポップ・ミュージックの活動をスタート。今年にはベーシスト/アレンジャーにGuruConnect(skillkills)、ドラムに柏倉隆史(toe / the HIATUS)を迎えた「Parallellives」や「且坐喫茶」を発表するなど活動を本格化させている。
彼はどんな発想から音楽を作っているのか。その脳内を明かしてもらった。(柴那典)
音楽は一番近いもの、一番パーソナルなもの
――まずは.jvknという名義での活動を始めた理由から聞かせていただけますか?
もともと私は高校でバンドを始めて、大学時代にも音楽活動をしていて。その時にデビューの話もあったんですが、いろんなことがあって途中で頓挫してしまった。筆を折るぐらいの気持ちでやめたんです。そこからもずっとDTM的に作品は作り続けていて、劇伴も作っていたりしたんですが、自分の名義で何かをやるということは精神的にできなかった。出す直前で手が動かない、みたいになるんです。でも、自分の表現を止めることはできない。なので、音楽から映像、美術へと、いろんな表現方法を増やして活動していきました。そうした活動をしていく中で、だんだん精神的にも安定してきて「今だったら出せるかな」という心理的安全性がとれてきて。最終的には、そこからさらに4年ぐらいかけて自分の状態を良くしていって、ようやく出せるようになったという感じです。
――アートの方面での作家活動ではなく、音楽のほうが先にあったんですね。
そうですね。なので、この活動には大きな目的が2つあって。1つはピュアに、失ってしまった自分の情熱、魂の在り方や生きる意味みたいなものをもう一度取り戻したいということ。もう1つは、音楽活動を止めていたこの20年くらいの期間に獲得した知識や経験、見てきた世界や景色を、もう一度私という身体を通じて出てきた世界観として共有したい。それが少しでも皆さんにとって豊かな暮らしの糧になったらと思ってやっています。皆さんへの感謝やありがたさもあるし、僕の中では「恩返し」という気持ちもあります。

――この20年ほど、音楽と自分との距離感はどんな感じだったんでしょうか?
結局、一番近いもの、一番パーソナルなものでした。美術には美術でしかできないこと、映像には映像でしか、音楽には音楽でしかできないことがある。そういう意味では、それぞれに対しての情熱やモチベーションは同じです。ただ、表現するときの、自分の感情や見ている景色、文脈の入れ方がそれぞれ違う。美術だったら社会的なことを見た上で、その文脈を自分を介して出すもので。音楽は暮らしている中での言語化できない感情をもとに作っていくという意味で、自分に一番近いもの。映像はその中間くらいという感覚です。
.jvknでは美術における考え方を音楽に持ち込んでいる
――そもそも音楽を志したきっかけは?
5歳で、姉が始めていたピアノを真似て私も始めました。クラシックやゲーム音楽を聴いて、ピアノの先生に「これ弾きたい」と言ってアレンジして弾いたりしていました。小学校高学年で好きなゲームのサントラ譜面をMDIで打ち込んで喜ぶみたいなDTMの真似事を始めて、高校1年生で初めて曲ができました。ニューヨークに初めて行った時に、9.11のグラウンド・ゼロへ行って、そこで自分なりにいろいろ考えることがあって、平和に対する曲を作った。そこからは勝手に出てくるようになりましたね。最初は弾き語りだったんですが、そこから表現したいことが増えていって、「これはバンドじゃないと無理だ」となり、友人たちに声をかけてサポートしてもらうところからバンドを結成してやっていました。
――その頃に影響を受けたのは?
中学でブルース・ギターを始めて、ハードロックからメタルを聴き始めて。中2でMetallicaにハマりました。System of a DownやMuseにも行ったり、ハードロックとメタルとクラシックが混ざっているようなバンドをよく聴いてました。当時のバンドも最初はスリーピースから始めて、鍵盤が入り、結局打ち込みも加わるようなことをやっていました。そこからエレクトロニカやテクノを聴くようになったり、劇伴を作るようになったり、という感じです。
――そこからアートや映像のキャリアを歩んでいく中で、テクニックや方法論的なところで、どんな手札が自分に備わっていったと感じますか?
最初は、美術の方に音楽的感覚を持ち込んでやっていました。私は空間系のインスタレーション作品を作っているのですが、そこでは「ドンシャリ」を意識していて。どこに置いたらキックみたいな重心の重いポジションになるか、逆にどこに置いたら高域、つまり「シャリ」の方になるかとか、そういう発想で作っていました。映像作品でも音楽的感覚を持ち込んで作っていて。逆に.jvknでは美術における考え方を音楽に持ち込んでいるつもりです。たとえば、あるひとつのものを置くことによって、その空間が持っている本来の力を顕在化させる、みたいな。「ここにこういう音を置いて、こういうメロディーを置いたら、このあたりに力が出てくる」みたいな考え方を使っていて。ただ、ポップでありたいと思っているので、こういう考え方を持ち込みすぎると難しくなってしまう。いいバランスを探している途中です。

――「ポップでありたい」というのは重要ですよね。実際に.jvknの曲を聴かせていただいても、そういう意志を強く感じるし、ここがすごく面白いところだと思うんです。というのも、これまでのキャリアでは劇伴やアンビエント的な音楽も手掛けてきたわけですよね。なので、そういう作家性でやっていくこともできる。けれど、そうじゃなくてポップスとして歌モノを作ろうと考えた。その意志はどんなところが根っこにありますか?
3つある気がします。1つは、アンビエントのようなものは美術でできるので、それ以外のまだ挑戦していないことをやりたいという、自分の興味関心的なところ。もう1つは、純粋に音楽が好きだし、歌モノが好きだからやりたいというところ。3つ目は、.jvknの一つの目的として、先ほどお伝えしたように、いろんな方に恩返ししたいというニュアンスがあるので、その時にアンビエントだと伝わりにくいかな、と。多くの人に受容してもらえる広がりがあることをしたいな、と思っています。
日本語は一つの音の中に複数層の意味が重なっているのが面白い
――歌いたいという欲求はありました?
歌いたいという気持ちはあるんですが、歌に自信は全くないです。それは高校時代から変わっていなくて。誰かに歌ってもらえるんだったら歌ってもらいたい。ただ、フィーリングは自分が一番わかっているので、結局自分が頑張らないと、と思っています。
――そうなんですか。僕が聴いた印象としては、歌がいいなと思いました。
ありがとうございます。
――たとえば「集合論」の「凡たれば凡」とか、聴いただけではすぐには意味がわからない、でも語呂のいい言葉を歌っていますよね。そういう発語の気持ちよさが歌にある。そこが.jvknのポップ性につながっている気がしました。
それは歌いたいという気持ちの中に確かにあります。私はアメリカで生まれて、海外と日本でざっくり半々くらいで過ごしてきたんですが、やはり日本語は美しいので、日本語の素敵なところを私なりに使いたいんです。その美しいところの一つに、オノマトペも含め、まるで呪文に聴こえるような日本語がたくさんある。「コロコロ」と言っただけでも、『コロコロコミック』もあれば、「コロコロする」という動作もあるし、「意見がコロコロ変わる」というようにも使える。日本語は一つの音の中に複数層の意味が重なっているのが面白い言語だと思っていて、それは.jvknで使いたいと思っています。どうせそれを使うんだったら、私が歌っていて気持ちいい方がいいし、気持ちいい方が頭も活性化する。そういうところで使っているつもりです。
――ただ、単なる発語の気持ちよさだけでなく、歌詞を読むとちゃんと意味のあることを歌っているわけですよね。そういう、何を歌うかというテーマの部分では、どんなことを考えているんでしょうか?
テーマの方では、これはもう美術でも同じですが、表現というのは結局、エゴとオルター・エゴのものだと思っていて。「100%誰かのために歌っています」なんて絶対にあり得ないと私は思っていて、まず私が救われないと意味がない。その次に、私の中にあるものと同じものを持っている他の方に対して、何かが軽くなることになればいいなと思っています。なので、テーマを掘り下げると結局私の話になっちゃうんですが、生きづらさがたくさんあって。今の時代においては特に、その生きづらさは、曖昧なところに生きている人が持っているものだと思っています。私の場合は、日本人の見た目だけど海外生活が長くて、中身はだいぶアメリカとかヨーロッパ寄りだったりする。発達障害を持っているというのもあります。世の中には、いろんな意味でラベルをつけにくいところにいる方々がたくさんいて、私もそれを経験しているから辛さがあるし、若い時にデビューしなかったからこそ、それを言語化してきた蓄えがたくさんあると思っているので、それを一つ一つ自分なりに形にして皆さんに届けていきたいなと思っています。
――今おっしゃったことだけではなく、キャリアとしても、美術をやっていて音楽をやっている。いわば、どちらからも真ん中と捉えられない、境界線上の領域にいる。そのあたりも、曖昧であるがゆえの生きづらさに結びついているのかな、とお話を聞いて思いました。
おっしゃる通りですね。結局、芯にあるのはただただ表現したいとか、知らないものを知りたいというところでしかないんですが、その一番強い芯を持って行動したら美術もやりたいし、音楽もやりたい、というところにたどり着きました。たぶん、世の中にいる方々も、みなさんA地点とB地点を行ったり来たりするような人生だと思うんですよ。自分はこの道一筋だと言っているような人でも、意外にその中で小さく動き続けている。人生はきっとそんなものだし、生物も細胞レベルではAとBの間をずっと揺れ動いている。「動的平衡」のように、それこそが生命の証である、みたいな。そんな感覚で、揺れ動いている境界こそが私の中では「その人」なんです。それはラベルがつかないから苦しいかもしれない。だからこそ、「こういう考えもあるんじゃない?」みたいなことを言えたらなと思っています。
日常の中で雑食に歩き回って得たものを曲に応用する
――曲名には「集合論」という数学の言葉だったり、「Parallellives」という量子力学の発想を踏まえた言葉が使われていますよね。このあたりはどんな理由があるんですか?
これも基本は私の好奇心に応じていて、普段から、めちゃめちゃ雑食で知識も何でも吸収しています。量子力学が面白いと思っていろいろ調べていくと、「この考え方、あの考え方とすごく近い」みたいなものが、自分の中でネットワークとして作られていくんですね。そういう風に、その時々で「その考え方は面白い」と感じたものを使っています。例えば「集合論」でも、誰かと愛の話をした時に、「たぶん、あなたが言っていることってこういうことだよね」とベン図を書いて説明したら、「これめっちゃ面白いじゃん、曲にしよう」みたいになったり。あとは、誰かと神話の話をした時にユニコーンの話になって。ユニコーンってめちゃくちゃポップなキャラクターだけど、中国の神話にも出てくるし、どういう存在なんだろうと考えているうちに、結局それは「日常的なことを非日常に求めて苦しんだ人たちが描いた神話の獣である」という結論に至って。「めちゃ今っぽい」と思って使ってみたのが「Riding Unicorn」になったり。そんな感じで、日常の中で雑食に歩き回って得たものを曲に応用する感覚でやっています。
――聴いた印象としても、曲名が一番難しくて、語呂が一番気持ちいい。つまり、難しい概念の言葉を使って、親密さを表現しているというか。そういうユニークな作家性なんじゃないかと思います。
そうですね。おっしゃる通りです。結局そこなんだろうと思います。自分なりにいろいろ動いて出会った考え方って、だいたい難しく書いてあるんです。それを自分なりに頑張って、すごい時間をかけて読んで、身体に落とし込んで、自分の経験と照らし合わせた時に「きっとこれってこういうこと言ってるんだろうな」と思ったことが、「わあ、発見だ!」と。みんなに教えたい、広めたいっていう気持ちでやっています。
――サウンドのことについても訊かせてください。今年にリリースされた「Parallellives」と「且坐喫茶」はバンドサウンドで、GuruConnectさんと柏倉隆史さんが参加されています。これはやってみてどうでしたか?
これは完全にスタッフのアイディアです。私は基本的に一人で作ってきたタイプなので、「Parallellives」もDTM的なサウンドに近い形で作ったんですけれど、「一回バンドサウンドやってみませんか」という話をいただいて。そこに挑戦したいとなって「Riding a Unicorn」の時にアレンジにGuruConnectさんに入っていただいたんですけれど、そこから徐々に人力のビートもやってみようとなりました。「Parallellives」はすでに私の方で用意しておいたビートを柏倉さんに叩いていただいたんですが、「且坐喫茶」はこちらでほとんど決めず「かっこよくお願いします」みたいな気持ちでお願いしたものを持ち帰り、逆にDTM的にアレンジしていくプロセスを試してみました。結果的には、どっちも自分一人じゃ作れない最高な音ができたので、音楽ってやっぱり素敵だなって思っています。一人じゃないんだな、嬉しいっていう気持ちでやっています。今後も、できれば積極的に人を巻き込んでいきたいなとは思ってます。
――それによって、自分の音楽で表現できるものが広がった感覚があった。
当然ありました。自分の表現範囲はたかが知れてるけど、他の人の人生が入ったらそれはもう豊かになる。それを明確に感じたので、これはありがたいし、これは美術じゃ無理だと思いました。音楽のいいところだし、だからこそ世に羽ばたく名曲っていうのは人の力が入っているものばかりだと思うし。そこに私も行きたいなと思ってます。
「技術と仲良くなる」という感覚がある
――MVに関してもお伺いさせてください。最近の曲では映像に生成AIを使っていますよね。もともと、映像とアートの分野ではかなり前からAIに携わっていたということですが。
そうですね。2017年から使ってます。その頃は敵対的生成ネットワーク(Generative Adversarial Networks)という、今の生成AIの先祖のようなものが広がり始めた年で。その時と比べたらもちろんすごいですけど、方向性はあんまり変わってないと思います。なので、より楽になったくらいの感覚です。人間の方が得意なところ、AIが得意なところも、あまり変わってないと思ってます。

――AIなどのテクノロジーの発達や、それによる社会や人々のマインドの変化とか、そういったものって、.jvknとしてのクリエイティブのテーマとしてありますか?
むちゃむちゃあります。これは美術もそうだし、映像でも、音楽でもそうだし。というか、たぶん私の個人的な興味なんだと思います。というのも、私の祖父がそもそも1960年代とかに第一次人工知能を研究していたような人で。当時から彼は「機械にできることは機械に任せて、人間は創造性を発揮しよう」みたいなことを言っていたような人だったので。私も小さい頃から親にそういうようなことばかり言われて育ったので、平たく言えば「技術を使う」とか「技術に使われる」というよりは、「技術と仲良くなる」という感覚がある。新しい技術が出たら、それを一旦習得して、「これって何の意味があるんだろう」って考えながら、自分の身体で感じて表現する。そういうことをずっとやっていますね。
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